謎深き青森(6)
東日流外三郡誌の別原本が鰺ヶ沢にあった!
東日流外三郡誌とは?
東日流外三郡誌とは、古史古伝の中でも、「偽書論争」などで近年最も話題になった書物です。
発端は、五所川原市に住む和田喜八郎氏が自宅を改築していたところ、「天井裏から落ちてきた」というのですから、すでにそのへんからして怪しすぎますね。
しかし、それが出版までされてしまったため、偽書論争が起きました。
さて、その東日流外三郡誌が偽書とされるいくつかの理由の中でも、「江戸時代に書かれた、あるいは明治時代に写されたとされる古文書の文字が、なぜか発見者である和田喜三郎氏と同じ筆跡である」というものがあります。
しかし、和田氏はひとりでこの膨大な古文書を書き上げたんでしょうか?
実は、東日流外三郡誌の原本は、鰺ヶ沢にあるのだという説があります。元・舞の海後援会のメンバーに聞いたのですが、舞の海の実家である洋品店の近所に、変わり者の漁師さんが住んでいて、彼の家には代々「本物の」東日流外三郡誌写本が伝わっているのだというのです。
しかし、和田氏が発見したという東日流外三郡誌が、こてんぱんにやっつけられたため、今さら「本物はこっちだ」とも言い出せず、そのままになっているというのです。
もし本当だとしたら、ぜひ見てみたいものですが、一度「偽書」とされただけに、名誉挽回は難しいでしょうね。
ちなみに、舞の海の実家である洋品店の近所に住んでいる猟師さんはMさんと言いまして、今はもう現役を引退しておられます。鰺ヶ沢の郊外に、鰺ヶ沢湾に流れ込む中村川の中をガラス越しに見られる「中村川ふれあい公園」というのがあります。平日などは誰もいない寂れた公園ですが、ここにMさんはよく来ていて、ぼーっとガラス越しに魚を見ていたり、川縁に降りてひなたぼっこをしているようです。
Mさんらしき老人を見かけたら、試しに「こんにちは。東日流外三郡誌の話を聞かせてもらえませんか?」と声をかけてみましょう。乗りやすい人だそうですので、面白い話が聞けるかもしれませんよ。
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